久住昌之/谷口ジロー/壹岐真也 「小説 孤独のグルメ 望郷編」 感想

ロングセラーとなった原作漫画から始まり
ドラマCD、TVドラマと今も世界観を広げている『孤独のグルメ』が
『小説 孤独のグルメ 望郷篇』と銘打ち全18エピソードの小説版として復活。
火の鳥かな? 男はつらいのかな?
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本書の筆を執った壹岐真也氏は初めて聞く名前だったんですが
小説家ではなく『孤独のグルメ』がかつて連載された「月刊PANJA」や「週刊SPA!」などに
携わっていた編集者の方みたいですね。
「月刊PANJA」での『孤独のグルメ』の立ち上げにも関わっていたということで
ある意味では氏も「原作者の一人」と言えるんじゃないでしょうか。

そんなわけでこちらの『小説 孤独のグルメ 望郷篇』ですが
まず感じたのが主人公、井之頭五郎のキャラクターが
かなり変わってしまっているなあ、ということ。
TVドラマ版のゴローちゃんも漫画とはかなりキャラが違い
自分はそこらへんがなかなか受け入れられなかったタチなんですが
本作は漫画版ともドラマ版とも違う「第三のゴローちゃん」になっている印象。

原作漫画のゴローちゃんは店舗を構えない個人事業主という不安定な立ち位置ではあるものの
その実けっこう堅実派で地に足の着いた生活を送っていた印象があるんですが
(そこらへんの思い切りのなさを小雪に「意気地無し」と言われていましたね)
この小説版では一人称が「オレ」で統一されていることからも分かるように
「いかにも意識高い系のサブカル的アウトロー」になってしまっているんですよ。

例えば第1回では「オレを軽んじたの?」と悪態をつく
(よく訪れていた立ち食い蕎麦屋が潰れており、何も聞かされていなかったことに対して)
原作のゴローちゃんには無いような自意識過剰さがあり
第14回では浅草寺で引いたおみくじの結果を「嘘つけ」と一蹴、
更には高校時代にはダブルデート、大学時代には友人と格闘技に夢中、
スポーツジムで水泳コーチのアルバイトをして子供たちに大人気、と
どこのリア充か分からないような過去までが付加されて
「古武術の道場で毎日絞られていた」というストイックさはどこへやら、
いかにもサブカル雑誌の編集者が好きそうなキャラ(偏見)へと
変貌してしまっているんですよ。

またこの小説版ではさすがにゴローちゃん一人で話を回すのが難しかったためか
漫画にも登場した友人、滝山に加えて何人かのオリジナルキャラが登場するんですが
その交友関係にもちょっとモヤモヤしてしまうところ。

第3回では「ハッサク君」なるコンサルタント・イベント運営を生業とする
馴れ馴れしい若者に好感を覚えるシーンがあるんですが
こういう人間にはどちらかと言えば「胡散臭さ」を感じるほうが
原作のゴローちゃんとしては自然だと思いますし
第11回でレストランを経営している「茅野くん」も高飛車で横柄な態度、と
ゴローちゃんなら辟易しそうなキャラにも関わらず
「カレとの付き合いを好んでいる」ということになっているのが引っ掛かるところ。
この回では別れた小雪について茅野くんと会話をするのですが
その会話の内容にもかなりの違和感というかゴローちゃんっぽくない部分を感じます。

そして極めつけは第5回の導入部。
ここでゴローちゃんは画を描いていた若いカップルに遭遇するんですが
「画を眺めさせてもらったお礼にお昼を御馳走させてくれないか」
とゴローちゃんが食事に誘うんですよ。
いやいや心の中でいろいろ思っても話しかけられないのが井之頭五郎でしょ!
どちらかと言えば逆に話しかけられて狼狽するほうですよ!
それなのに自分から若いカップルを誘うだなんてありえない!
これじゃ単なる勘違いした自意識過剰オジサンでしかないですよ!
っていうかこの小説全体に漂う雰囲気がそれなんだよ!
謎の交遊関係や執拗に引用される歌の歌詞なども含めて
意識高いサブカル系編集者が自分の好みのままに自己投影した結果生まれたのが
まさに本作のゴローちゃんなんですよ!

というわけでキャラの違いにはかなり戸惑いがあり
「こんなの井之頭五郎じゃない!」と叫びたくなるような部分はあるんですが
中には「うん、これこれ!」と納得出来るようなところももちろんあります。

滝山に姉がいる、という設定はいかにもそれっぽいですし
第16回で登場したゴローちゃんの義理の兄が
「眼鏡をかけたインテリで図書館司書」なのもイメージ通りといった印象。
また「望郷篇」の名前の通り本作には過去に思いを馳せるエピソードが多いんですが
中でも床屋で髪を切ってもらっている間に
夢うつつで亡き父親と寿司を食べに行ったことを夢想する第4回は
『孤独のグルメ』らしい寂寥感があり非常に秀逸です。
(原作の鳥取砂丘の話に似ていますね)
他にも第8回の回想シーンで夢を語る小雪に対し
自分を蚊帳の外に置く態度を取って彼女を怒らせてしまう空気の読めなさも
非常にゴローちゃんらしいところです。
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第9回でのアームロック回への言及、
第14回での豆かんの甘味処の再登場(本作では休業日のため味わえず)、
第16回での「高校で野球をやっている甥っ子のフトシ」の登場、
第18回の駅弁回ではジェットシウマイへで失敗したことの回想、と
原作から地続きになっているファンサービス的な描写も随所にありますし
それだけにゴローちゃんのキャラが違うのが惜しいなあ、と思うんですよ。
「企画の立ち上げから作品に直接携わっていた編集者」という立場では
キャラに自己投影するなというほうが難しかったと思いますし
壹岐氏には監修や原案という形で世界観の構築に徹してもらって
小説自体は別の人に手掛けてもらったほうがよかったんじゃないかなあ、
とも思ってしまったり。

そんなわけで原作漫画版でもテレビドラマ版でもない
独自のゴローちゃんが印象的だった『小説 孤独のグルメ 望郷篇』。
原作漫画、TVドラマに続く第三の『孤独のグルメ』と考えればアリな気もしますが
個人的にはこの小説版のゴローちゃんはあまり好きになれませんでしたし
やっぱり小説まで買うような人は「いつものゴローちゃん」を求めていると思うんですよ。

今回は完全オリジナルでしたが『孤独のグルメ』の小説が今後も出てくれるのなら
逆に原作をそのままノベライズしたような本も読んでみたいなあ、と。

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