全100話のアニメも完走し前日談の外伝『勇者アバンと獄炎の魔王』も好評連載中、と
連載終了から25年が経った令和の時代に再び盛り上がりを見せている『ダイの大冒険』の
初の小説となる『ダイの大冒険 それぞれの道』が発売。
本書は「それぞれの道」のタイトル通り主人公、ダイをはじめとする
アバンの使徒5人「それぞれ」にスポットを当てた短編集、ということで
各エピソードごとに感想を書いていこうと思います。
○第1章 ダイの弟子
主人公である勇者ダイをメインに据えた第1章は
フレイザード打倒後に復興を始めたパプニカの城下町を舞台に
ある事情を抱えた少年、トランとの交流を描くストーリー。
主軸となるトランの家の事情やチンピラたちとの諍いは正直ベタすぎるものの
全く悪気なしに「俺もやったんだからさ(同調圧力)」とスペシャルハードコースを奨めて
「自分よりも強くなって仲間になってくれたらいいな」などと
ハードルを思いっきり高く設定するダイの空回りっぷりと悩みが微笑ましいところ。
ベンガーナ・バラン編の直前という時系列を考えると
「町の人々から勇者として慕われるダイ」の描写が嬉しいですね。
また原作では結局剣の腕前が分からなかったバダックさんが意外な形で活躍したり
悪党を自称しつつ逆にチンピラを追い詰めていくマトリフ師匠の頼もしさなど
ダイやポップでは解決できない部分を大人たちがしっかりと締めて
「もっと周りの人たちを頼れ」な流れになるのは
原作の「勇者は何でもできる反面、何にもできない」に通じる
ダイ大らしさをしっかりと感じられるところだなあ、と。
ただ「チンピラにナイフでやられかけるダイ」あたりは解釈違いというか
ちょっと個人的に引っ掛かってしまったところ。
いくら不意打ちとは言えそれはないんじゃないかな……。
それとせっかくパプニカ城下町が舞台なら
「武器屋のどたまかなずちの人」をチョイ役でもいいから出してほしかったですね。
アレ大好きなんですよアレ。アニメ版では改変されちゃってましたし。
○第2章 海賊船あらわる
魔法使いポップを主人公とした第2章は
ロモスからパプニカへの航路の途中でダイたちが謎の幽霊船に遭遇するストーリー。
直後のヒュンケル戦で「覚えたての新呪文」として登場するギラや
「聖水を流しながら航海するリッチなロモスの船」など
原作と繋がる描写はいくつかあるものの
話のメインは「自分にとって都合のいい偽物たちに翻弄されるポップ」の繰り返しであり
舞台が幽霊船のみ、というのもあって場面転換にも乏しい印象。
「クロコダイン戦以降~バルジ島でマトリフに師事するようになるまで」は
ポップの成長という点では原作でもあまり描写がない、変化が分かりにくいところだったので
そのあたりをメインに持ってきてしまったのは失敗というか
すごく描くのが難しくなってしまったような気がしますね。
肝心の幽霊船の正体についてもウヤムヤになってしまっていることもあって
どうにも「アニメ版ドラゴンボールに出てきた偽ナメック星」のような引き延ばし、
無理矢理にひねり出した寄り道展開になってしまった感じのエピソードだなあ、と。
あっちも同じような幻覚オチでしたし。
○第3章 マホイミを習得せよ
マァムを主人公とした第3章はタイトルの通り
武闘家としての修行を始めたマァムが奥義・閃華裂光拳を習得するまでのエピソード。
武術の神様と言われたブロキーナ老師については
近年『勇者アバンと獄炎の魔王』でキャラの掘り下げが行われ
スペシャルハードコース1日目の修行は老師の教えを元にしたものだった、
などのことが明らかになりましたが
本書では原作終盤のミスト戦で言われていた
「相手のことを考えて手加減をしてしまうマァムの優しさ」がメインとなっており
肉体的、技術的なものよりも精神的な部分での修行、成長が描かれた印象ですね。
またマァムがチウに対して「尊敬できる兄弟子」という表現をしていたり
原作では「クロコダインが敗れた後に敗走した」としか描写がなかった
百獣魔団の魔物たちのその後の様子について触れていたりと新鮮な部分もちらほら。
ただ勿体なかったのは「人間と魔物たちとの関係」が中心になっているのに
尺の都合もあってか「何の前触れもなく高熱でダウン」と
肝心のところでチウが都合よく蚊帳の外になってしまったところ。
魔物であるチウの存在を絡めていればもっと面白くなっていたと思うんですが
恐らく本章のページ数ではそこまで描くのは難しかったんだろうなあ、と。
ところで「人間たちにいたぶられる魔物」がやたらと痛々しい描写になっており
何だかこの小説全体を見てみてもそこだけ浮いている感じになっている気がしますね。
ああエグいエグい。
○第4章 鬼岩城へ
アバンの使徒の長兄、ヒュンケルを主人公とする第4章は
魔王軍の動向を探るクロコダイン&ヒュンケルの元軍団長コンビが
魔物たちに故郷を追われた人間たちの村へと誘われるエピソード。
ヒュンケルたちが助けた少女、ティカの復讐の相手が実は……という展開など
ストーリーの流れは思いっきり予定調和でベタベタなんですが
やたらと死に場所を求めるヒュンケルとそれを諫めるクロコダインのコンビは
微笑ましい部分もあってやっぱりいいなあ、と。
またマァムの第3章に続いて「軍団長がいなくなった後のモンスターたち」を
描いてくれたのは非常に面白いところ。
原作ではヒュンケルの執事のような存在だった「モルグ」が
忠実な部下としてヒュンケルに殉じる形で地底魔城と運命を共にしていましたが
本章で不死騎団を率いていたスカルナイトはヒュンケルに対し
「人間のくせに」「前から気に入らなかった」と言っており
軍団の中も一枚岩じゃなかったんだなあ、という深みを感じる部分でもありますね。
ラストのティカとのやり取りなども含めてテーマ的には原作のレオナ姫との会話
(フレイザード戦後にヒュンケルが自らの処分を望んだところ)の
焼き直し的な感じもありますがまあそれはそれで。
○第5章 レオナの休日
最終決戦時に5人目のアバンの使徒として白羽の矢が立ったレオナ姫を主人公とする第5章は
サミットに向けて心労が重なったレオナがつかの間の休日を満喫するストーリー。
レオナの一挙一動に一喜一憂する劇団の面々など前章にはなかったコメディ的展開が多く
本書の中でも特に気軽に読めるエピソード、といった感じですね。
また原作では「奔放なレオナに振り回される中間管理職」なイメージが強かった三賢者たちが
本章では逆にレオナに休みを与えるために融通を利かせる、という流れになっていたり
レオナが自分の軽率な行動を劇団の面々に詫びる、という結末になっているなど
しっかりとキャラの成長を感じさせられる展開になっていたのが良かったところ。
本書に収録された5つの短編は全て独立していて繋がりは一切ないんですが
重苦しさがないレオナ編をラストに持ってくることで
ちゃんと「一冊の本を読み終わった」満足感や清涼感を得られた気がするなあ、と。
そんなわけで5つの短編が収録された本書「それぞれの道」でしたが
ポップの2章のみが微妙だったけど他は手堅くまとめてきた、という印象ですね。
この手の「昔からの熱心なファンが多い漫画のノベライズ」というのは
「何だ小説かよ」「漫画じゃないのかよ」という点が先に来て
内容とは関係なしに小説というだけで評価を落としてしまいがちな所もあるんですが
(特に本書はキャラ紹介ページや各章の扉ページが原作からの使い回しなので
イラストに対する不満は結構大きいかと思います)
そうしたハンデを最初っから背負っていることを考えると
そんなに悪くなかった感じでしたね。
ただ「たった3ヶ月」とよくネタにされるように
『ダイの大冒険』の冒険スケジュールというのはすごいガチガチでカツカツなので
この小説のように「メインキャラに新たな物語を加える」のは
それだけで制限がキツくハードルが高かったんじゃないかなあ、と思ったり。
アニメもちょうど終了したタイミングだし
こういう小説を買うのは自分も含めて本編をしっかりと把握しているファンだと思うので
思いきってダイやポップが一切登場しないサブキャラだけの小説、みたいなのも
アリだったんじゃないかなあ、とも思うんですね。
「世界中を回る偽勇者一行のドタバタ」とか「アバン先生の迷宮攻略」などは
それだけで一冊書けそうな感じもしますし
「アバンの使徒5人縛り」だった本書よりも
そっちのほうが正直読みたいなあ、という気持ちもあったりします。
そんなわけで全体のまとめとしては
「あんまり期待してなかったけど意外とよかったよ」
「でもダイ大の世界観ならもっと面白いものが出来たんじゃないかな」と
大変失礼な感想になってしまう感じなんですが
『勇者アバンと獄炎の魔王』も含めて
この令和の時代にリアルタイムでダイ大の世界が広がっているのは
それだけですごいことだと思いますし
これからも外伝とか前日談とか続編とかが出てくれたら嬉しいなあ、と思います。
ほらやっぱり魔界編見たいですからね。
ト書きの脚本とかプロットとかどんな形でもいいですから。
あと三条先生繋がりだと鬼太郎5期の続きとかガイキングLODの宇宙怪獣編とかも……。
あ、それと本書には初回出荷特典として紙のしおりがついているんですが
デザインがドラクエの冒険の書っぽくなっているのがいいですね。
本書は電子書籍版も同時発売だったので
このあたりが紙の本のアドバンテージになるんじゃないでしょうか。