サイボーグ009 の記事一覧

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牧野修「CYBORG 009 CALL OF JUSTICE」小説版 感想

昨年の劇場公開から始まり動画配信サービス「Netflix」での独占配信に
Blu-rayの発売も決定、などの動きが続いているサイボーグ009の最新アニメ
「CYBORG 009 CALL OF JUSTICE」の公式ノベライズが発売。
コミカライズも月1で連載中ですし
アニメ、漫画、小説がそれぞれ発表されて
「009 RE:CYBORG」同様のメディアミックスをしている感じですね。

この手のノベライズは脚本家がそのまま筆を執ることが多いけど
今回はホラー小説やSF小説を多く手がけている作家、牧野修氏が執筆ということで
ちょっと違った雰囲気になるのかなあ、と。

 20170306-1.jpg

いやー何だかんだで関連書籍も全部買っちゃってます。
ぶっちゃけ最初は「地元で上映するんだしせっかくだから」
くらいの気分で観に行ったんですが
今ではすっかりお気に入りの作品です。
そうそうこういう娯楽作品でいいんだよ。バトルアニメでいいんだよ。

そんなわけで「CALL OF JUSTICE」の小説版ですが
あくまでもノベライズと言うことでストーリーはアニメそのまま、
細かい比較はしていませんがセリフ回しもほとんど同じ、という印象です。

ただプロローグとエピローグが人間キャラ、五十嵐の回想で描かれており
更に彼が「機械化手術で腎不全を治癒した」という
設定になっているのが特徴的なところ。

アニメは監督インタビュー等で語られているように
「加速装置とは何ぞや?」ってところがテーマになっているんですが
小説では最初と最後を人間・五十嵐の視点で描くことで
・肉体を少しずつ機械化していったらどうなるのか?
・人間とサイボーグの違いはどこから始まるのか?
・人工物による病気や怪我の治癒が進むとどうなるのか?
などなどの疑問を提示して
もうちょっとテーマを普遍的なものにしている感じなんですね。
小説版のオリジナル要素は正直この部分だけなんですが
非常に興味深いところです。

また読んでいて引っかかったというか気になったのが
007=ブリテンが徹頭徹尾「GB」という表記をされていたこと。
映画本編でも007は「GB(ジービー)」と呼ばれていましたが
あんまりこの呼び方には馴染みがないんですよね。

で、ちょっと調べてみたところ「GB」というのは
平成版アニメを英語吹き替えした時の呼び名みたいなんですよ。
今回は海外資本の「Netflix」で配信がされているし
「GB」表記にはそのあたりの事情が絡んでいるというか
最初っから海外向けを意識しての呼び方だったのかなあ、と。
確かにステレオタイプなネーミングというか思いっきり国名なので
英語圏の人にとっては違和感があるのかもしれません。

そんなわけでプロローグとエピローグを除けば
コミカライズ同様に原作アニメに忠実だった
今回の小説版「CALL OF JUSTICE」。
個人的には少々肩すかしというか
良くも悪くも脚本っぽい「いかにもなノベライズ」になってしまっていたので
もっと普通の小説寄りの文体で書いてほしかったなあ、と。
せっかく本業の人を呼んでいるんだし。
アニメをそのまま文章にしたって面白くないんですよ。ええ。

 20170306-2.jpg

あ、それと背表紙に妙なインパクトがありますねこの本。
なんだこの009推し……。

  

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映画「CYBORG009 CALL OF JUSTICE 第3章」 感想

『サイボーグ009』の映像化50周年の節目に公開された
最新アニメ『CYBORG009 CALL OF JUSTICE』の最終章となる第3章が公開。

全3章の作品も今回でついに完結、ということで
「人類強制進化計画」による人類に迫る危機、超スピードの宙間戦闘、
チート的な能力を誇る黒幕・エンペラーとの最終決戦まで
まさに90分ノンストップの総力戦。

そしてエンペラーとの死闘、加速の果てに迎える
唐突にして圧巻、喪失感の漂うクライマックスにはただ圧倒されるばかり。
うわーそう来たかー。すごかった。(小並感)

面白かったとか楽しかったとかいうのは良くありますが
「とんでもないものものを観てしまった」と感じたのは本当に久しぶりです。
ありがとう本当にありがとう。そしてさようなら。

事象の地平を超えた先にある真っ白な世界、というのは
どこかで観たことあるなあ、と思っていたら
『トップをねらえ2!』のクライマックスですねあれ。
『サイボーグ009』の加速装置を現代SF的ガジェットでインフレさせると
そういうスケールになってしまうんだなあ、と。

というわけで全体を通してみてみると
加速装置を軸としたストーリー展開としたことで
これまでの作品群と比べると009の主人公性が強調されていた、という印象。
『サイボーグ009』は9人+αの全員が主人公、という
群像劇的的な性格が強い作品だと思うんですが
本作『CYBORG009 CALL OF JUSTICE』に関して言えば完全に009が主人公です。

ただジョーの主人公性が強調されたあまり
最終決戦では物語的にも戦力的にも「009とその他大勢」になってしまっており
そのあたりは痛し痒しかなあ、と。
ドラゴンボールの「悟空早く来てくれー!」みたいな感じで
「ジョー早く加速してくれー!」みたいなセリフが出てくるんですよ。マジで。

そしてもう一つ本作の009の主人公性を強調させていたのがその覚悟の強さ。
「加速装置による孤独」を描いた作品には
傑作と名高い短編エピソード『結晶時間』がありますが
『結晶時間』での009は止まった時間での孤独に耐えられず
「人もサイボーグも一人では生きられない」という結論を出していたのに対して
本作の009は加速の果てにある何もない世界、永劫の孤独を
「これが僕の使命だから」と完全に受け入れてしまっているんですね。

あそこで本作の009は真の意味で人間を超えてしまったというか
「ブレスド」とは別の形での神様になってしまったと思うんですよ。
機械の体を持ち、その心までも人間を超越してしまった。
本当に行き着くところまで来てしまった、という喪失感です。
対比する形でエンペラーが一気に情けなくなっちゃったのは仕方ないですね。

ちなみに第2章までを観た時点ではエンペラーの正体は
加速の果てに3000年を逆行した別の時間軸の009」だと思っていたんですが
別にそんなことは全くない他人の空似でした。
まあ最後に「仮面が外れるけど顔は見せない」という
思わせぶりなシーンがあったので
作中で語られていないだけで制作スタッフ的には
何らかの形で009との関係性を持たせているのかもしれません。

というわけで娯楽作品としてヒーロー性を強調しつつ
絶妙なバランスで現代SF的な要素を加えて見事に完結した
本作『CYBORG009 CALL OF JUSTICE』。
面白かったー、と素直に言える作品です。映画館で観てよかったです。

スタッフロール後のアレをどう捉えるかは別として
ストーリー的にはもうこれで完全に終了。
「これもう続き作れないじゃん」的な感じですが
またいつか『サイボーグ009』の新作アニメが作られる時には
「前にはこんな事件もあったよね」程度に本作のストーリーに触れつつ
何事も無かったかのように全員揃っているような気もします。
『009 RE:CYBORG』と『CYBORG009 CALL OF JUSTICE』の関係もそうでしたし
世界が求めるのならサイボーグ戦士たちは何度でも蘇るのが世の常なのです。



あ、それとWEBコミックサイト「コミッククリア」でのコミカライズも
第3章の公開に合わせて12/9より本格連載開始ですね。

CYBORG009 CALL OF JUSTICE
http://www.comic-clear.jp/comic.aspx?c=62

『009 RE:CYBORG』のコミカライズは数年をかけて映画を忠実にマンガ化、
『サイボーグ009vsデビルマン』のコミカライズは
両者が戦うというエッセンスのみを残した完全オリジナル作品でしたが
本作『CYBORG009 CALL OF JUSTICE』は今のところ映画そのままだなあ、と。
月刊掲載みたいですしこのペースだと年単位の作品になりそうです。

  

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映画「CYBORG009 CALL OF JUSTICE 第2章」 感想

全3章を2週間ごとに公開、という形式で上映中の映画
『CYBORG009 CALL OF JUSTICE』の第2章が公開。

ストーリー的にはちょうど中盤、ということで
敵「ブレスド」たちの後手後手に回る状況がずっと続いていたり
細かい謎解きや状況説明に尺が割かれていたりと
第1章に比べるとちょっと外連味やカタルシスが薄れて
落ち着いた展開だったなあ、というのが正直な印象。
特に戦う相手が人間(ガーディアンズの機体)中心だったため
第1章の異能バトルっぽさが感じられなかったのは残念なところ。

とは言えそのぶん作品のテーマにがっつりと踏み込んだストーリーになっており
009と003が一度力を失うことで
・「戦えない」ことと「戦わない」ことの違い
・力を失ったら戦わなくても良くなるのか?
という部分を分かりやすく描いているのは特筆すべき点。

そして「力が欲しい」と願った009により
加速装置で時間が逆行していくシーンは第2章の最大の見所。
第1章の感想では加速装置が光速を超える可能性について書いたんですが
あのシーンはまさにその瞬間だったんじゃないかなあ、と。

そしてブレスドたちの「人類強制進化計画」について明らかになり
黒幕である「エンペラー」もついに登場。
彼が「もう一人の009」のようなキャラデザインで描かれ
演じるのがTVシリーズ2期で009を演じた井上和彦氏なのは
単なるファンサービスなのか作中で何らかの意味があることなのか、
というのは気になるところ。

自分は世代的には平成版「サイボーグ009 THE CYBORG SOLDIER」になるので
井上和彦氏が009を演じたTVシリーズ2期には思い入れはあまり無いんですが
(そもそも2期放送の79年~80年にはまだ生まれてないです)
OPテーマ「誰がために」の知名度もあって
やっぱり009アニメと言えばTVシリーズ2期になるんですかね。

ともあれ今週末に公開の第3章で
『CYBORG009 CALL OF JUSTICE』もいよいよ完結。
9日は休みを取ったので初日に観に行くつもりです。
いやー楽しみ楽しみ。

あ、それとCGですが第1章に比べるとスタッフが慣れてきたのか
かなりこなれてきた(粗い部分の誤魔化しかたが巧くなった)感じですね。
特に後半は夜間の侵入作戦ということで光の使い方がすごい巧みでした。

  

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映画「CYBORG009 CALL OF JUSTICE 第1章」 感想

現在上映中の「サイボーグ009」の劇場アニメ最新作
『CYBORG009 CALL OF JUSTICE 第1章』を観てきました。

神山健治監督&Production I.Gによる3Dアニメ作品ということで
2012年に発表された同監督による『009 RE:CYBORG』のように
アクションよりも心象重視の小難しい作品になるのかなあ、と
ちょっと身構えていたんですが
すごくいい意味で予想を大きく裏切られてしまった感じです。

いやーびっくりするほど分かりやすい娯楽作品ですね今回。
本当理屈抜きで面白かったです。もう大満足。

かつての『009 RE:CYBORG』のキャッチコピーは
「終わらせなければ、始まらない」でしたが
内面的・無意識的な部分に吹っ飛ばして
「サイボーグ009」という作品を一度終わらせたことで
逆にエンターテイメントの原点に立ち返ることが出来たのが
本作『CYBORG009 CALL OF JUSTICE』なのかなあ、とも思ったり。

また90分×3章と尺に余裕があることもあって
サイボーグ戦士たちの紹介から誕生編~ヨミ編の流れ、
『009 RE:CYBORG』で起こった事件にまで簡単に触れられており
ちょっとわざとらしい部分はあったものの
導入部が非常に分かりやすくなっていたのも印象的。
白黒+2D+3Dの融合で過去エピソードを見せる手法は王道でいいですね。

そして謎の敵「ブレスド」が攻めてきてからの展開は
熱量操作に空間支配、といった神のごとき能力を持つ敵を
サイボーグ戦士たちが知恵とチームワークで迎え撃つ、という
「まさにこんなアクションが観たかったんだよ!」なシーンが目白押し。
『009 RE:CYBORG』は009と002の確執が長引いていたりと
全員が集合して戦うシーンがほぼ皆無だっただけに非常に嬉しいです。
「農場のおっさんがプカプカ浮かびながら雷を落としてくる」
というのは見方によっては非常にシュールな画なんですが
しっかりと迫力のある画面になってるのはさすがだなあ、と。

というわけで問答無用の面白さとワクワク感を味わうことが出来た
『CYBORG009 CALL OF JUSTICE 第1章』。
いやーここまで純粋な娯楽作品に徹してくれるとは思ってませんでした。
ぶっちゃけ予算はかなり少なかったのか
CGはかなりしょぼかった(正直PS~PS2レベルのシーンもあります)んですが
そんなことが気にならないくらいのスピード感で
ダイナミックな戦闘シーンをしっかりと魅せてくれた感じです。
あと003がかわいいので全部許せます。

そんなこんなでこれから第2章、第3章と続いていくんですが
第1章で自分の中のハードルが思いっきり上がってしまったので
ちゃんと期待に応えてくれるのか? というのが不安だったりも。
尻すぼみにならないでくださいよー本当に。

そして第1章で気になったのは
「加速装置では雷を超えられない」という描写があったところ。
各所の監督インタビューなどを読むと
本作は加速装置がストーリーの鍵を握っているようだし
完結編「Conclusion God's War」の意識加速のように
最終的に加速装置が進化を遂げて
光速を超えていくようになるんじゃないかなあ、と。

  

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「サイボーグ009完結編 conclusion GOD'S WAR」 私論

小説の刊行から約1年半が経ち、
WEB雑誌「クラブサンデー」での漫画連載も先日終了した
「サイボーグ009完結編」について思ったことを書いてみようと思います。
いろいろな意見があるかと思いますがまああくまでも私論ってことで。

あ、当然のごとく小説のラストまで超ネタバレしてますので
気になる人は気をつけて下さい。



「サイボーグ009完結編 conclusion GOD'S WAR」 私論
~サイボーグ戦士たちはなぜ死ななければならなかったのか~


故・石ノ森章太郎氏の遺稿を元に小野寺丈氏がまとめ上げた小説
『2012 009 conclusion GOD'S WAR』のテーマは『抵抗と救済』である。

「天才」と呼ばれた原作者が数十年間完成させられなかった物語を
漫画家でも小説家でもない血縁者が完結させた、という経緯を考えれば
本作が賛否両論となるのは当然の流れであるが、
更に言えば本作の評価は「ラストの矛盾をどう捉えるか」により
真っ二つに分かれるのではないだろうか。

小説の終盤、イワンによって全ての謎と敵の正体が明かされるシーンがある。


〔善〕の精神であるはずの、光の宇宙を統治している者達が
全てを仕組んでいたとは。
しかも、たとえ罪深き闇の子達であろうと、
それを滅ぼす選択をしたという事実。
悪人ばかりではない。真っ当な人間達も数多くいるというのに。
何が善で何が悪なのか、そして何が正義なのか、
ジョー達にはわからなくなってきていた。
それに、誰がために闘っていたのか……。
本当の神は、光の宇宙を統治していた者達だ。
神々に仕立て上げられたあの怪物達が、むしろ憐れにさえ思えてきた。


(小説『2012 009 conclusion GOD'S WAR』下巻 P274~P275より)

全ての元凶が光の者たち(善の精神)であり、 彼等は
「善悪が同居している地球人を一度殺し、善の部分だけを光の宇宙へ帰還させる」
ことを目的としていた。
また、今まで戦ってきた神々がそのための道具≒被害者であると示唆され、
ジョーたちはその事実に苦悩する。
ここで語られているのは完全なる善への疑問であり、
悪の部分を亡くした地球人が光の宇宙へ帰還することへの疑問である。

しかしながらこの構図はエピローグにおいて崩壊する。
神=光の者たちとの戦いで死を迎えたサイボーグ戦士たちは
光の宇宙へと帰還し、 安らぎと幸せの中でエンディングを迎えている。
光の宇宙の者たちを『黒幕』と描き、彼等の行為に疑問を感じていたにも関わらず、
最終的に光の宇宙=光の者たちの庇護の下で大団円となるのである。
ここで物語は明らかに破綻している。
人によっては後味の悪さが残るものだろうし、
サイボーグ戦士たちの死を賭した戦いには意味はなかった、とも考えられてしまう。
「光の者たちが心変わりし、地球人を認めてくれた」と考えることは出来るが、
それで光の者たちへの疑問が解消するわけではない。

では、この矛盾をどう捉えればよいか。
サイボーグ戦士たちの戦いの結末にどのような意味を持たせればよいのか。
ここで鍵となるのが石ノ森氏と小野寺氏の関係である。

神々との熾烈な戦いの中、ジョーは故・石ノ森章太郎氏について回想する。


宙にいるジョーはふと、ギルモアが訪ねた二十世紀の萬画家の事を思い出した。
彼も闘いぬいて死んでいった。
病床のなか、最後まで筆をはなそうともせず逝ったのだ。
自分の"生"を、自分の"生き様"を、全うして、闘って、闘って、死んだのだ。
成し遂げようとした事が未完に終わろうと、投げ出したわけじゃない。
生きる事を放棄し、自ら命を落とす人間などより、
よっぽど勇ましく、男らしい生き方。
だから決して卑下することじゃない。
そう、決して背中を見せず、前だけを向き。


(小説『2012 009 conclusion GOD'S WAR』下巻 P255より引用)

ここで「自殺=一種の逃げ」とも捉えられる表現をしていることに
反感を覚える人もいるだろう。
しかしこれこそがが石ノ森氏の闘病生活を見守り、
その生への執着を目の当たりにした小野寺氏の本音であることに疑いは無い。

その結果、小野寺氏の中で
・完結編を完成させることが出来なかった石ノ森氏
・志半ばで散っていくサイボーグ戦士たち
の両者は同一視されることになる。
石ノ森氏は結局、完結編を自らの手で完成させることが出来なかった。
ならば、その行為は徒労だったのか。
完成しなかったから意味のない、無駄なものだったのか。
いや、そうではない。
完成させようという意思を持ち、抗い続けたことこそが重要だったのだ。
これこそが小野寺氏が思い描いていたものであり、
小説『2012 009 conclusion GOD'S WAR』のメインテーマとなるものでろう。

かつて未完に終わった『天使編』には次のような台詞がある。


…そうだ、レジスタンス…抵抗だ!
彼等…「神々」に対抗することによって知らせるのだ…人間は生きたいのだと!
わるい育ちかたをしているというのなら──自分の意思で改良したいのだと!
…人類のすべてが…わるい種ではないと…
すべてをいっしょに滅ぼされるのはまっぴらだと…!!
ぼくたちが…そのための捨て石になるんだ!!


(サイボーグ009『天使編』第5章より引用)

『天使編』でのジョーの主張は
そのまま小説『2012 009 conclusion GOD'S WAR』に受け継がれている。
『天使編』でサイボーグ戦士たちは人間に悪の部分があることを否定していないし、
滅ぼされるのに当然の理由があることも認めている。
そして敵は創造主であり、戦っても勝ち目がなく、
自分たちの行動が全てが徒労=無駄死にに終わることすら覚悟している。
その上で彼らは自分たちの権利と意思を主張し
「たとえ敵わぬまでも抵抗する」ことを選んでいるのである。

小野寺丈氏の小説は無論、氏自身のオリジナル要素や独自の解釈、
石ノ森氏の逝去後の時勢を意識した描写も多大に含んでおり
「石ノ森氏が考えていた完結編」とは決してイコールではない。
しかし「敵わなくとも、抵抗することに、自分たちの意思を示すことに意味がある」
という点に関して言えば、小野寺氏の小説は未完の大作『天使編』を
真摯に受け継いだものと言えるであろう。

小説のラストは次のような文章で締めくくられている。


この惑星の人々は、ここにいる者達が、この時間を取り戻す為に、
どれほど死力を尽くしてきたかなど知りもしないだろう。
だけど彼等にとって、そんな名誉などどうでも良かった。
なぜならようやく、安らかに暮らせる平和を誰もが手にする事が出来たのだから。


(小説『2012 009 conclusion GOD'S WAR』下巻 P290より引用)

先に述べたように、このラストシーンは
それまでのストーリー展開から考えれば明らかに不可解な部分を抱えている。
だが、小野寺氏が書こうとしたもの、書きたかったものは「救済」であった。
例え物語の構成が破綻しようとも、いくつかの疑問や不自然な部分を残そうとも、
最期まで抵抗を続けたサイボーグ戦士たち≒石ノ森氏に
小野寺氏は救いを与えずにはいられなかったのである。

原作者が作中に登場するメタフィクション的な作品である以上、
著者の主観、石森氏への想いを色濃く出さずにはいられなかった。
小野寺氏によって故・石ノ森氏と同一視されたサイボーグ戦士たちは
最後まで抵抗し続け、志半ばで無念の死を迎えなければならず、
その上で絶対に救われなければならなかった
のだ。
本作の矛盾の答えはここにある。
それが「著者≠石ノ森章太郎」「著者=小野寺丈=石ノ森氏の親族」であることを
殊更に強調させることになってしまったのは
読者にとっても小野寺氏にとっても皮肉なことであろう。

(了)

---------------------------------------------------------

……とまあ長々と偉そうに書いてきましたが
別に理屈抜きのハッピーエンドでもいいんじゃないの?
みんなここまで頑張ってきたんだしさ、ねぇ?
という話。

※2016/11/07追記
少しばかり文章を推敲しました。


   

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・ツクールMV作品『微睡少女』
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